2023.4.2 この道は昔の祐天寺道で,祐天寺を経て碑文谷裏に続く目黒の主要道路であった。かつて,このあたりは急坂であったため,斜面を切り開く切り通しの工事が何回となく繰り返された。その結果,道の両側の土手はますます高くなり,風雨にさらされた土手からは,赤土のかたまりが ざらざらこぼれ落ちた。この状態を目黒の古い方言で“けこぼ”といい,土地の人々は,この坂を “けこぼ坂”と呼んでいた。   東京都

2021.1.11 この正覚寺の門前には水茶屋があったようだ。その水茶屋というのはいわゆる風俗で私娼がいた。 私娼を江戸時代の俗語では「けころ」と呼んでいたので、坂名になったという別説もある。

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